薄毛を隠すことの難しさ

幼い頃、物を壊してしまったり汚してしまったりした時、親や先生に見つからないよう、もしくはなるべく発見を遅らせるために隠した経験があるでしょう。怒られることが嫌というのがそういった行動の要因になりますが、自分の中にやましい気持ちがあるから、という理由も挙げられます。

隠す、という点で言えば薄毛も同様です。薄毛というのは、薄くなりたくてそうなっているわけではなく、多くの人は髪が薄くなることを望んでいないでしょう。ですが、薄毛という抗えない現象に対して冷やかし、笑いにする風潮があるため、やましいことは何一つ無いのに、隠さざるを得ません。

私は現在20代中盤の男性です。一般的には薄毛とは関係ないと思われがちな年齢ですが、円形脱毛症によって過去に三度、薄毛と付き合った経験があります。

円形脱毛症とは所謂「ストレス禿」という認識かと思われますが、概ねその通りです。中にはアレルギー性の円形脱毛症を発症する場合もありますが、私はいずれもストレス性のものであるため、しばらくすれば毛が生えてくるため、現在は薄毛を隠しながら生活する必要はありません。

初めての円形脱毛症は中学生の時でした。理由に関しては割愛させていただきますが、ストレスが原因です。まさか中学生のうちから薄毛になるなど思ってもいなかったため、受けたショックは想像を絶するものです。

また、禿げたのが後頭部であるため自分で気が付くことができず、親に指摘されて初めて気が付いたことも恥ずかしく、屈辱的でした。幸い当時の私は髪が長く、元来は太く黒々とした髪の毛が所狭しと生えていたので、工夫すれば目立たないように隠すことができました。

しかし頭髪検査の際に、規定で定められている男子の頭髪よりも長く、密度も濃いため、短く切るように指示をされました。だからといって髪を切ってしまうと、五百円玉程度の大きさはあった禿が露呈してしまうため断固拒否していましたが、その態度が逆に教師たちの不評を買い、やむを得ず髪を切ることになりました。

禿の周りは隠せるように切ってもらいましたが、やはり見えてしまい、私は中学生にして薄毛を揶揄され、不名誉なあだ名も頂戴しました。薄毛を隠すことに失敗した私は、髪が生えた後もからかわれ、高校も同じ中学からの志願者が殆どいない場所を選ばなくてはなりませんでした。

薄毛で困ったといえば短大生の頃、就職活動をしていた時もそうです。私の就職活動は母の病気と隣り合わせでした。現在は私も無事就職をし、母も落ち着いていますが、当時は母の看病は殆ど私が担っており、就職活動も上手くいかずに、母を枷に感じてしまうことが多く、非常にストレスの溜まる日々を過ごしていたと思います。

そんな時に私を襲ったのはまたしても円形脱毛症です。やはり禿げたのは後頭部で、就活に合わせて髪もさっぱりと整えていたため、他の部分から髪を持ってきて隠すことができず、私は薄毛の20歳として就活せざるを得ませんでした。

薄毛のデメリットとしては、例をした際に禿に気付かれた場合、必ずと言っていい程、それについて言及されることでしょう。不健康なのかと聞かれ印象を悪くし、「就活は辛いか」「ストレスに感じるか」「君はストレスに弱いのか」などと聞かれ、面接の段階で「使えない奴だ」と失格の烙印を押されてしまうことです。

「若い子も色々と大変だからね」と同情されたこともありますが、就活において薄毛であることにメリットなどありません。なるべく薄毛を隠すために、スプレーの使用を学校の事務で勧められ使用しましたが、もっと早くそういったものがあることを知り、使用していればと後悔しました。

薄毛を隠しながら生活をするというのは、非常に辛いことです。冒頭でも述べたように、何かを隠すというのはやましい気持ちの表れでもあります。薄毛を隠して人の多い場所にいるだけで周囲の視線を過剰に感じ、誰かが自分の後ろに立ったり、通り過ぎたりするだけで大変な恐怖を感じます。

いつしか私は壁を背負うようにして立ち、席を選ぶ癖がつきました。それは髪が生えている今でも同じで、他人の視線が怖く感じてしまうこともあります。髪や頭皮のケアをきちんとしていない、食生活がだらしないなど不適切な生活が原因で薄毛になってしまうのは自業自得としか言いようがありませんが、遺伝やアレルギー、ストレスなどで突然髪が薄くなるのは、理不尽にも感じます。

悪いことなどしていないのに、周囲の視線を気にして、隠しながら生きなければならない窮屈な社会ではなく、薄毛にも寛容な社会になることを薄毛の経験者の一人として切に願っています。